「働き方改革」というワードが世の中に広まって久しいですが、今回のれいほくTVでは、東京でのサラリーマン生活に疲れて、嶺北に移住された眞弓 裕章(まゆみ ひろあき)さんにインタビュー!!
東京で働かれていたころは、だいぶ苦労もされたそうですが、その経験も糧に、現在では不動産事業を通して嶺北地域を活性化する会社の代表をされています。
どのような経験を通して嶺北に移住されたのでしょうか?
そして、嶺北でどのような「やりがい」を見つけたのでしょうか?
東京で消耗し、嶺北の自然に魅せられ移住
眞弓 裕章(まゆみ ひろあき)さんのプロフィール
東京で10年以上勤務した後、2017年夏に嶺北地域へ移住。不動産賃貸業を行う「合同会社まほら」の代表を務め、古民家改修から経営事務まで、幅広い業務をこなす。シェアハウス「まほらハウス」などを運営。
ーーーまずは嶺北に移住する前のことを、伺っていきたいと思います。
最初の就職先は、東京で印刷物を制作する会社でした。
が、そこはいわゆるブラック企業だったんです。
ーーーというと……!?
一般的に、定時というと朝の9時から夕方の5時までですよね。
ですが、夕方に入った仕事を「明日納品だから、朝までにやっといて!」……ということも日常茶飯事でした。
生活リズムは大崩壊、集中力は焼け野原です。
徐々に心因性の症状が出始め、最終的に出社できなくなり、抑うつ症状の診断が下りました。
ーーーそうだったんですね……。会社に行けなくなるほど、心を消耗した原因は何だったのでしょう?
理由はたくさんありますが、挙げておきたいのは「理不尽」ですね。
ーーー具体的にはどのようなことでしょうか?
会社の指示で徹夜で働かなければならず、長時間労働で生活リズムが乱れ、本来通すはずの検査もなし。
その結果、起こるべくして起こった製品不良混入の責任を追及される理不尽さは、消耗の原因としてかなり大きいものでした。
ーーーその後はどのような生活を過ごされたんでしょうか?
休職を経て退職後、死んだように部屋で動けない日々が半年ほど続きました。
貯金が尽きるも、大学を退学して出て行った手前、実家は頼れず……焦燥の募る生活でした。
その後はWebサービスの監視会社に入りましたが、前職を退職した季節になると精神状態が不安定になり、再び半年ほど動けなくなる状態に陥りました。
ーーー相当、思い詰めていらっしゃったのでしょうか?
2社を経ても、うつ症状には改善の兆しがありませんでした。
部屋で引きこもっていると、死ぬか、実家に帰るかの2択が浮かんできたものです。
追い詰められていた、ということでしょうね。
ーーーかなり切羽詰まった状況ですね……。そこで、実家に帰るという選択肢を選ばれたんですか?
死んだら色々と迷惑がかかると思い、死んだつもりで実家を選びました。
そこから丸3年間、実家で引きこもりニート生活です。
社会復帰したのは、東日本大震災の年です。思うところも多く、清水の舞台から飛び降りるつもりで社会復帰に挑戦しました。
ーーーそんな東京での生活の後、どういう経緯で嶺北に移住されたんですか?
社会復帰から延べ5年半ほど、サラリーマンでわりと出世もしたものの、社内政治に疲れたり、ドロッとした部分に嫌になることも多くて。
毎日動悸が止まらなくなり、これはマズイな、と思って退職しました。
当時、Twitterで知り合った仲間とシェアハウスを立ち上げていたんですが、関係イベントでたまたま嶺北のNPO経営者と知り合いました。
それを機に複数回嶺北を訪れ、最終的に移住を決心しました。
ーーーズバリ、移住の決め手は何だったのでしょうか?
東京で消耗していた身としては、圧倒的な田舎という東京とは正反対の環境は刺ささりましたね。
山奥の古民家から望んだ眼下の風景を見て、「これだな」と(笑)
話せるタイプの先駆者(前述・NPO経営者の方)がいたことも後押しになりました。
眞弓さんの今の仕事は……不動産!?
ーーー今のお仕事は何をされているのでしょう?
現在は、「合同会社まほら」の代表を務めています。
主に不動産賃貸業を営むスタートアップで、使われなくなった古民家を買い取り、改修しての活用を進めています。
ちなみに、所有権を得た自社物件に限定して手掛けています。
ーーーご自身でも改修をされるんですね!!
大工さんと一緒に現場に出て、教わりつつ協同で改修を行っています。
自社物件だからこそできることですが、買取交渉から契約書の作成、改修作業の手配、そして賃貸運用の全業務も自分でやりますよ。
ーーーご自身で作業されるのは大変そうですね!
ちなみに、このお仕事をされる前はどんなお仕事をされていたんですか?
移住直後はトマト農園で働いたり、町営施設の管理人をしたり、木材加工をしたりなど、様々な職を経験しました。
そうしているうちに、地域の方との繋がりもでき、次第に人伝いで仕事が来るようになりました。
ーーーその仕事とは、どんなことだったのでしょう?
いわゆる、便利屋ですね。
寄せられるご相談から、空き古民家の残置物を整理したり、古民家の掃除をしたり、草刈りや敷地の整備もします。
ーーー地域でのニーズは高かったんですか?
空き家の整理や掃除代行を頼みたくても、地域に業者がいないんですよ。
頼めるなら頼みたい、そんな潜在需要の多さと高齢化・過疎地域の課題を感じました。
ーーーこの便利屋時代が、今の不動産事業にも繋がっているんでしょうか?
はい。
普通、空き家は持て余されて「どうしたらいいのかわからない」と途方に暮れるらしいんですけど、見れば大体わかるようになりました。
ーーーなるほど……。不動産賃貸事業のどういった部分にやりがいを感じていますか?
ほとんど自己満足なんですが(笑)、3つほどお話しますね。
1つ目に、ボロボロだった空き家がパリッと綺麗に仕上がった時です。
大工さんの力を借りつつ、自分でも手間暇をかけて改修するからこその感慨ですね。
地域の空き家は、そのほとんどが移住に二の足を踏むほどのボロ屋なので、「これは移住確定だな!」と確信します(笑)
2つ目は、この事業によって誰かの人生が「ちょっとだけ」良くなることです。
3つ目は、人口減少に歯止めがかからない、という厳しい現実に抗っているという自負です。
例えば、生き方に悩んでいる人が、嶺北地域で新しい生活を始めるかもしれません。
その人の人生は「ちょっとだけ」良くなり、地域の人口減少問題は「ちょっとだけ」軽くなるでしょう。
移住者にとっても、地域にとっても、そして自分にとってもメリットで、三方ヨシの達成です。
ーーー東京と高知、2つの場所で仕事をして感じた一番の違いは何ですか?
うーん、「余白」でしょうか。
東京は仕事も多いですが、それ以上に人が多すぎて余白がないんですね。
自分の力を発揮できるところを探すのが、過度に難しい。
対して、嶺北は余白ばかりです。
そこにある資源を利用して、様々な可能性を模索しやすいですね。
移住を経て、働き方自体も根本から変わりました。
サラリーマンから経営者、という部分もそうですが、地域には多くの仕事が眠っていて、見つけてもらうのを待っています。
例えばブログ事業に挑戦して挫折したなら、農業バイトで食いつなぎ、草刈りをして、空き家整理をして、不動産賃貸業を始める……と(笑)
全てが今に、そしてこれからに繋がっていく
ーーーこれからの目指す社会はありますか?
前提として、嶺北地域の人口は年々減少しており、存続が危ぶまれています。
移住者を呼び込もうにも、まともに住める家がなければ移住はままならないわけです。住みよい家を増すことで、人口減少ペースは確実に緩まるでしょう。
ーーー不動産は、地域の大切な基盤とも言えますよね。
住宅だけでなく、例えば空き家を飲食店などの商業物件に改修して運用すれば、コロナ禍で廃業を余儀なくされた人が再出発できるかもしれません。
不動産業は可能性の鉱脈そのものですね。
ーーー他には、ありますか?
理想論の極みのような話になってしまいますが、理不尽のない世界も作っていきたいです。
あ、今の嶺北地域が理不尽という話ではないですよ(笑)
理不尽は理不尽によって再生産され、連鎖していきます。
人は理不尽を受けると、同じように誰かに理不尽を与えたくなるそうです。
そんな理不尽の継承をせずに済む、つまり理不尽の連鎖から抜け出せる場所があれば、徐々に社会は理不尽ではなくなっていくでしょう。
ある種の理想郷ですが、生きているうちに作りたいですね。
大切なのは自分がどんな生き方を望むのか
ーーーご自身の経験から、移住について思うところはありますか?
移住は目的ではない、ということ。
自分がどんな暮らしをしたいのか、どう生きるのかという理想があり、移住はその理想を実現するための手段です。
大切なのは、「自分がどう生きていくか」を真剣に考え、決めること。
その上で東京(大都市)を選ぶなら、その選択にはエールを送りたいですね。
ーーー最後に、今生き方に悩んでいる方へメッセージをお願いします。
限界を超えてしんどい時は、自分が大変な状況にあることも分からなくなるものです。
しんどさを「これくらい当たり前」と言い聞かせている自分に気づいたら、信頼できる人に相談するといいでしょう。
特に、自分とは正反対の生き方をしている人がいいですね。
生き方は何度でも選ぶことができ、高知にはまだまだ余白があります。
気軽に訪れてみてください。
ーーーありがとうございました!
合同会社まほら の情報
空き家活用を始めとする不動産事業を通して「すんなり住める家」と「地域の仕事」を創出。キャッチコピーは「空き家のご相談から、嶺北の色々を。」
連絡先はこちら:mahora.llc@gmail.com
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